2018年12月の酒店日記

朝日酒造株式会社は、1830年(天保元年)新潟県長岡市で創業の蔵元です。1830年と言えば、フランスでは7月革命があった年、また大久保利通どんの生まれた年でもあります。当時「久保田屋」の屋号で親しまれました。この屋号を冠にした吟醸酒が久保田です。ついこの前まで地酒の代表と言えば、新潟の久保田と山形の出羽桜が双璧でした。最近海外でいろいろな賞ができ、いろいろな清酒に人気が移っていますが、やはり久保田と出羽桜は久保田と出羽桜です。今回は日々の食生活のお伴として久保田千寿を紹介しましょう。「食事と楽しむ吟醸酒」を目指し、香りは穏やかに、飲み飽きしない味わいに仕上がっています。口当りが柔らかく、冷やはもちろん、お燗にも適した吟醸酒です。

 

更新日時 : 2018年12月28日
カテゴリ : 日本のお酒

 

1822年、13歳のジョージ・バランタインはエディンバラで食料品とワイン、ウイスキー類を扱う商人アンドリュー・ハンターのもとに年期奉公の修行に出ました。 ジョージが奉公修行に出た翌年、ウイスキー蒸留認可制度により、密造時代は終焉を迎え、1824年には新しく認可を受けた蒸留所が次々と誕生していきます。1827年、ジョージ・バランタインは徒弟奉公を終え、エディンバラのカウゲートに小さな食料品店を開きました。その4年後、23歳のジョージはカウゲートからほど近いキャンドルメーカーズ・ロウに店を移しました。さらにその5年後、由緒あるサウス・ブリッジに店を構え、そこではジョージが得意とする顧客である貴族や上流階級の人が高級ウイスキーや食料品を買い求めました。1853年、エディンバラでウイスキー商を営むアンドリュー・アッシャーが、熟成期間の異なるさまざまなモルトウイスキーを混ぜ合わせたヴァッテド・モルトウイスキーを製造しました。アッシャーの友人であったジョージ・バランタインは、この発見と彼の苦心談に閃き、グレーンウイスキーとモルトウイスキーを混ぜ合わせブレンドの技術を磨き始めました。ジョージ・バランタインは長男であるアーチボルトに商売を任せ、ウイスキーのブレンディングに打ち込むためにグラスゴーへ移り住みました。1895年、ジョージ・バランタインから商売を引き継いだアーチボルトは、エディンバラきっての目抜き通りプリンシズ・ストリートに店を開きました。その同じ年、グラスゴーではジョージ2世が父親から事業を引き継ぎ、偉大な快挙を成し遂げた。ヴィクトリア女王がグラスゴーを訪れ、バランタイン社に王室御用達の称号を授与したのです。さて、バランタイン17年はマスターブレンダーのジョージ・ロバートソンによって生み出されました。時は1937年、ジョージ・バランタインがこの世を去って約50年の月日が経とうとしていました。今から約80年前につくられたバランタイン17年の極秘レシピは、現在に至るまでほとんど変わっていない。バランタイン17年は、スコットランド各地から厳選されたモルト原酒を使い、そのなめらかさと優雅さによって人気を博していきました。酒齢17年以上の長期熟成原酒が織りなす奥行きの深い気品ある香りと繊細で複雑な味わいを是非ご堪能下さい。

 

 

 

更新日時 : 2018年12月21日
カテゴリ : 世界のお酒

国立大学で唯一の体育大学の鹿屋体育大学は鹿児島県鹿屋市にありますが、昭和42年1月鹿児島県鹿屋税務署管内焼酎製造業者9社が共同瓶詰場を鹿屋市に設立しました。これが大海酒造協業組合となり、平成24年大海酒造株式会社になりました。この大海酒造が造った本土最南端である佐多岬を商品名にした芋焼酎をご紹介しましょう。鹿児島県鹿屋市産のさつま芋を原料に、芋の風味豊かで、毎晩の晩酌に飲み飽きのこない味わいを目指して造られた芋焼酎です。昔ながらの風味豊かな味わいをお楽しみいただけます。

更新日時 : 2018年12月14日
カテゴリ : 日本のお酒

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