神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世は第6次十字軍で、エルサレムを無血開城に導きました。しかし、法王グレゴリオ9世はあまりにもその開城がイスラム教徒と融和的であるために、フリードリヒ2世を許すことができません。ついには、北イタリアで法王を支持するロンバルディア同盟軍と皇帝軍が激突しました。北イタリアのヴェローナも例外ではありません。ヴェローナの貴族モンタギュー家は皇帝派、キャプレット家は法王派と別れ、血を血で洗う抗争が繰り返されました。シェイクスピアはこの抗争を「ロミオとジュリエット」と言う名戯曲に仕立てました。モンタギュー家のロミオとキャプレット家のジュリエットの悲劇、この芝居好きがみんな知っているヴェローナの近郊ソアーヴェ村に、1883年ボッラ社は創業しました。ボッラ社はイタリア白ワインの代名詞「ソアーヴェ」を生産しています。花のような香りのフレッシュでフルーティな辛口です。飲み口は爽やかでスッキリしています。魚介料理をはじめ、どんな料理ともよく合います。ブドウ品種はギリシアを起源とするガルガーネガ種です。テーブルワインとしてお勧めする逸品です。
更新日時 : 2016年05月14日
カテゴリ : 世界のお酒
エリツィンさんは、「世の中に醜女はない。ウオッカが足りないだけだ」を体現した大統領でしたが、プーチンさんは残念ながらビール党だそうです。15世紀半ばロシアでライ麦を原料としたジーズネンナヤ・ヴァーダー(命の水)と呼ばれる酒ができ、このヴァーダーがウオッカの語源のようです。18世紀にウオッカの種類や技術が高まり、1794年に白樺の活性炭でウオッカを濾過する製法が開発され、クセの少ないお酒となりました。香草や果実などを使ったフレーバーウオッカも作られています。1860年、ロシアのピョートル・アルセニエヴィチ・スミルノフがウオッカ製造会社を創業し、1886年アレクサンドル3世の御用達となりました。1917年のロシア革命により国有化と資本家の弾圧がなされ、2代目のウラジミール・ペトロヴィチ・スミルノフはパリに亡命し、ウオッカ製造を再開しました。1933年、ロシア革命直後に米国に亡命していたルドルフ・クネットがアメリカやカナダでの「スミノフ」ブランドでの製造権と販売権を、ウラジミールから買収しました。それ以後、販売権は転々とし、英国のグランド・メトロン社とアイルランドのギネス社が合併した、ディアジオ社に現在はあります。なお、日本ではキリンビールがディアジオ社と合弁し販売しています。スミノフウオッカは何度も濾過を繰り返して雑味・濁りを徹底的に取り除いた、無色透明のクリアなテイストが特長です。ミックスするものを選ばず、どんなカクテルのおいしさも引き立てます。
更新日時 : 2016年05月08日
カテゴリ : 世界のお酒