日本のお酒

子供の頃、少年版源平盛衰記を読んでいて、鹿ヶ谷の陰謀で俊寛和尚が鬼界ケ島に流された話が妙に恐ろしくずっと記憶に残っています。平清盛全盛の時(1177年)、後白河法皇の側近であった僧都俊寛は鹿ヶ谷の山荘に藤原成親や西光らを集め、打倒平氏の陰謀をめぐらせました。ところが、この陰謀は発覚し、俊寛は薩摩国の鬼界ケ島に流され、この地で亡くなりました。このおどろおどろしい鬼界ケ島が、現在では夢と伝説の島喜界島です。坊主前(ボウズンメイ)と呼ぶ地に俊寛の墓があり、島の人々や観光客の供える花や線香に絶え間はありません。喜界島は鹿児島県大島郡のなかにあり、奄美群島国立公園に属します。ここに、100年ほど前喜界島酒造が創業しました。喜界島酒造が生産する長期貯蔵酒「沙羅」は、すっきりした味わいが特徴の黒糖焼酎(25度)です。黒糖焼酎本来の「コク」また爽やかな香りを決して損なわないようにして、出来上がった秀逸作です。すっきりした味わい、爽やかな香りを是非ご賞味ください。

更新日時 : 2017年06月23日
カテゴリ : 日本のお酒

司牡丹酒造竹村家の屋号は黒金屋」と言い慶長8年1603年より土佐(高知県)の佐川の地にて酒造りを営んでいました一方坂本龍馬の本家才谷屋質商・諸品売買等と併せて酒造りを営んでいました才谷屋文書によると才谷屋と佐川の酒屋との間には頻繁な交流があたことが記されており竹村家には天保2年1831年黒金屋弥三右衛門が才谷屋助十郎から酒林壱軒酒造りの株一軒分を買たという書状が残ていますまた才谷屋黒金屋は姻戚関係があたようですさらに極めつけは竹村本家には坂本龍馬の手紙慶応2年3月8日甥の高松太郎あても所蔵されており代々受け継がれているのですそして佐川の地は維新の志士を数多く輩出いていること龍馬の脱藩の道に当たていること等を重ね合わせれば才谷屋黒金屋坂本龍馬と司牡丹の関係は因縁浅からぬものがあるといえるでし司馬遼太郎著竜馬がゆくの中にも登場し司牡丹は龍馬が飲んだ酒として知られていますが実際は龍馬の時代には司牡丹の酒名はまだ付けられていませんでしたもちろん酒名はまだでも黒金屋の酒自体は存在していた訳であり前記の通りの因縁の深さから考えれば当然龍馬もこの酒を飲んでいたことでしょう。この因縁から司牡丹酒造は龍馬からの伝言「日本を今一度せんたくいたし申候」をつくりました。龍馬の大志の如き骨太な味わいを持ちながら、後口はあくまで爽やかにサラリと切れる、キレ味抜群の超辛口純米酒です。

更新日時 : 2017年06月03日
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鯨が水を飲むように、大量の酒を呑むことを「鯨飲」(げいいん)と言います。そのうえさらに鯨が酔っ払ってしまえば、「酔鯨」になると言うことです。「酔鯨」という言葉は、もともと幕末の土佐藩主・山内容堂の雅号「鯨海酔候」からきています。“鯨のいる海の酔っぱらい殿様”という意味です。そんな名前を自らつけてしまうぐらいですから、容堂公は酒をこよなく愛していました。高知県・南国土佐は、決して酒造りに恵まれた環境ではありません。温暖な気候・多雨多湿の環境は、微生物の営みを利用する酒造りにおいてむしろ厳しい環境と言えます。このような厳しい環境の中で土佐の先人たちは志高く技を磨き,南国土佐にしか生まれ得ない土佐の清酒を誕生させました。その伝統を受け継いで明治時代初期創業の酔鯨酒造は容堂公のお酒を愛する心を引き継ごうと考えています。酔鯨純米吟醸高育54号は高知県産の酒米「吟の夢」で醸す純米吟醸酒です。素材の良さを引き出した旨みは淡麗でありながらもしっかりとした旨みを感じさせます。また爽やかな柑橘系の酸味とほのかな吟醸香は軽快な飲み口を演出します。なお、酔鯨純米吟醸高育54号は、高知県農業技術センターが、土佐の気候・風土に適合した吟醸酒用酒米として開発した「吟の夢」の開発当時のコードネームである『高育54号』を、そのまま酒名にした純米吟醸酒です。鯨の尾をシンボルマークにした酔鯨純米吟醸高育54号を酔っぱらってお楽しみ下さい。

更新日時 : 2017年05月19日
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