ブルボン王朝華やかなりし頃、フランス国王ルイ15世にポンパドール侯爵夫人(日本で言うと女御といった位)との称号を与えられたジャンヌ・アントワネット・ポワソンはブルジョワ階級の教育を受け、美も知も伴った女性でした。彼女はヴォルテールやフォントネルら文化人と付き合い、また現大統領官邸エリーゼ宮をも作りました。更に、1743年にクロード・モエが生産し始めたばかりのシャンパン、モエ・エ・シャンドンを愛好し、それを外交の場でもおおいに使っていました。プロイセンのフリードリッヒ2世に対して、オーストリアのマリア・テレジャ、ロシアのエリザヴェータ、そしてフランスのポンパドール夫人の3枚のペチコート作戦での同盟ではおおいに活躍したことでしょう。モエ・エ・シャンドン・ブリュット・アンペリアルは、ピノノワール、シャルドネ、そしてピノムーリエの三種類の葡萄が完璧に調和したバランスの良いエレガントな味わいが楽しめます。ポンパドール侯爵夫人に乾杯!
更新日時 : 2015年12月23日
カテゴリ : 世界のお酒
ボルドーはフランスがガリアと呼ばれていた紀元前300年位前からワインの生産地、交易港として栄えてきました。その後、ローマ帝国となり、ゲルマンのゴート族に支配され、イスラムにも占領され、ヴァイキングの侵略も受け、そのあげくフランスとイギリスの争奪戦の的となり、結局フランスの統治下に落ち着いても、1871年普仏戦争の敗勢のためボルドーに臨時フランス政府が置かれるまで度々フランス政府に敵対していました。歴史に翻弄されながらもボルドーを支えたのはワインでした。さて、18世紀にシャトー・ランシュ・パージュと言う醸造所を所有し、ボルドー随一の銘醸地として名高いポイヤック村の村長も務めたミッシェル・リンチ氏に由来するミッシェル・リンチは、ボルドーと言う地味の豊かさと多様性を十分に反映するワインとして、1985年にリリースされました。ボルドーの伝統を受け継ぎながらも、カジュアルで親しみやすいワイン、それがミッシェル・リンチです。赤はミディアムボディに、白はドライな味で現代人向けと言えましょう。
更新日時 : 2015年12月20日
カテゴリ : 世界のお酒
激怒はジョージの蒸留所への破壊行為や彼への暴力行為へとエスカレートし、彼の命まで狙われることになりました。ジョージは、ピストルを持ち何度となく発砲までして、反撃しましたが、1871年彼が亡くなるまで決着はつきませんでした。蒸留所は、彼の息子ジョン・ゴードン・スミスが引き継ぎました。ジョンが引き継いだとき、配送船の水夫たちが輸送の間に樽からウイスキーを吸い上げたり、競合の蒸留酒造業者は自分のボトルにグレンリベットのラベルを貼っていました。
1876年、ジョンは模造品の製造に終止符を打つために、グレンリベットの名前をトレードマークにするための申請をしました。長年の訴訟の結果、ジョンは、自分の蒸留所製造のウイスキーを「ザ・グレンリベット」と呼べる占有権を勝ち取りました。ジョージ・スミスのウイスキーである本物のグレンリベットだけが、定冠詞THEを付けることができたのです。
更新日時 : 2015年12月12日
カテゴリ : 世界のお酒